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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)235号 判決

神奈川県中郡二宮町二宮三五一-一

上告人

小野泰三郎

右訴訟代理人弁理士

柳田征史

佐久間剛

中熊眞由美

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第八五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年五月二九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳田征史、同佐久間剛、同中熊眞由美の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を論難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第二三五号 上告人 小野泰三郎)

上告代理人柳田征史、同佐久間剛、同中熊眞由美の上告理由

一、 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる審理不尽なる法令の違背があるから、破棄を免れないものである。

(1) 原判決は、審決の理由の要点、審決の取消事由並びに請求原因の認否及び被告の主張に触れた後、判決の理由を述べているが、その理由の根幹をなす判断に至った経過には本願発明の要旨について重大な事実の誤認があり、その誤認に基づく判断については、準備手続および口頭弁論において反論する機会が与えられていない。もし、その点に関する議論をする機会が与えられていれば、原告はそれが事実の誤認であることを主張することができたものであり、その結果が判決に重大な影響を及ぼしたものであることは明らかである。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる審理不尽の法令の違背(民事訴訟法第三九四条の上告理由)がある。

(2) 本願発明の要旨は、海上に浮遊する浮上部と、この浮上部から海中に垂下するアンカー都とからなる海面浮上構造体にあって、浮上部は多数の杆体と、杆体を連結する球体と、杆体に設けられた安定用円板とからなるトラス構造体を基本構成単位とするものであり、アンカー部は浮上部と一体的に連結され浮上部から海中の適当な深度まで垂下し、円板による面的な変動抑止力により着底することなく、アンカー効果を有するものである。そしてこの円板の面的な変動抑止力によるアンカー効果を最大の特徴とするものである。このようなトラス構造体を基本構成単位としたアンカーは全く新規なものであり、浮上部と一体的に連結されたトラス構造であるために、アンカーにおける最大の課題である局所負荷すなわちアンカーと本体との接続部に集中する大きな負荷に対する問題(この問題は従来のアンカーではいまだ解決されておらず、成功例がないため、その問題の重大さについての発表もない。実際、海洋における波の力は想像を超えるものであり、現実には特に急激な波の変動に対しては全く打つ手がなかった。)も同時に解決している。

(3) 原判決は、その理由において、「アンカー効果」を「大きな波浪によって浮上構造体が上下動することを防止し、安定させることである」と正しく解釈した後、「水中において大きな容積を占める構造体は、たとえその形状が流体力学上は抵抗が大きくないものであっても、それ自体が有する大きな慣性によって水に対して容易には移動しない安定性を有することも明らかであるから、引用例1記載の消波堤1は相当程度の変動抑止力を有するものであり、本願発明が要旨とする「アンカー部」が有すべき「アンカー効果」、すなわち大きな波浪によって浮上構造体が上下動することを防止して安定させるという作用効果をも奏していると推定することには相応の根拠があるというべきである。」と述べている。(判決第二七頁第六行から第九行、同頁第一八行から第二八頁第八行)

さらに、判決第二八頁第一八行から第二九頁第一行には、「水中において大きな容積を占める構造体が、水に対して容易には移動しない安定性を有することを否定する理由は全くない。」と述べている。

しかしながら、これらの認識は明らかな技術的誤認に基づくものである。何故なら、水中において大きな容積を占める構造体であっても、質量が小さいものであれば慣性は小さくアンカー効果がないことは物理的常識であるからである。すなわち、水中において大きな容積を占める構造体であっても、それが大きな慣性を持つためには大きな質量を有していなくてはならず、大きな容積を占めるものであっても、質量が小さいもの(例えば中空のもの)であれば、その形状が流体力学上抵抗が大きいものでない限り、水に対して容易に移動してしまい、安定性がないことは明らかであるからである。

したがって、判決理由の、「引用例1記載の消波堤が相当程度の変動抑止力を有するものであり、本願発明が要旨とする「アンカー部」が有すべき「アンカー効果」をも奏していると推定することには相応の根拠があるというべきである。」(判決第二七頁第六行から第九行、同頁第一八行から第二八頁第八行)との認定、及び判決理由の「水中において大きな容積を占める構造体が、水に対して容易には移動しない安定性を有することを否定する理由は全くない。」(判決第二八頁第一八行から第二九頁第一行)との認定は明らかな誤りである。

これらの誤った認定は、判決理由の基本的根拠になっているものであり、ここに判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽の法令の違背がある。

(4) 原告による本願発明は質量が小さいながら海中で着底しないでアンカー効果を奏するアンカー部を備えた構造体を実現する画期的発明であり、これによってのみ、着底によるアンカーの使用不可能な、海上に浮上する巨大な構造体を実現することができるものである。従来、海洋でのアンカーは大きな質量を必要とする浮遊型アンカーによらなければならず、それは膨大なコンクリート等の材料を必要するものであり、したがってこの種の海上浮遊構造体はコスト的に現実性がない夢物語であったが、本願発明は、その実現を初めて可能にするものである。現在、この構造体を利用した洋上発電所が地球規模のプロジエクトの一環として研究が進められており、科学雑誌の「科学朝日」にも紹介されている。(その記事を甲第一号証として提出する。)

このような特徴は、正に質量が小さいながら着底することなく海中においてアンカー効果を奏するアンカー部に基づくものであり、それは本願発明の構成要件である「多数の杆体と杆体を連結する球体と杆体に設けられた安定用円板とからなるトラス構造体」を基本構成単位とすることにより実現可能とされるものである。この基本構成単位は、甲第一号証の記事(「科学朝日」一九九一年三月号第一四頁から第一九頁)の第一九頁右下にその写真が掲載されている。この記事には第一四頁と第一五頁にイラストで示されている洋上発電所が、第一七頁右上に図示された本願発明と同様のアンカー部を備えた構造体によって構成されていることが記載されている。

原判決は、このような本願発明の意義を看過し、前述の技術的誤認に基づいて引用例を認識し、その上に立って本願発明の特許性を否定したものであり、その点について原告に反論の機会を与えることなく判決したものであるから、審理不尽の法令違反がある。

二、 以上の通り、原判決には民事訴訟法第三九四条に該当する、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり、同判決は破棄されるべきものである。

以上

(添付書類省略)

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